『或る終焉』『父の秘密』でその才能を知らしめた、ミシェル・フランコ監督新たな衝撃のミステリー!
お母さん、 あなたは いったい 誰ですか?
原監督・脚本・製作:ミシェル・フランコ (『父の秘密』(12)、『或る終焉』(15) 出演:エマ・スアレス(『ジュリエッタ』(16))、アナ・ヴァレリア・ベセリル、エンリケ・アリソン、ホアナ・ラレキ、エルナン・メンドーサ ほか
フランコ監督は、陰湿極まりないイジメで自分の娘を傷つけた少年たちに凄惨な復讐をする父親を描いた『父の秘密』(12)で、第65回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門グランプリに輝き、続いて、末期ガンの患者から安楽死幇助を頼まれたティム・ロスの演じる看護師が苦悩する姿を描いた『或る終焉』(15)で、第68回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞。本作においても第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞、カンヌの申し子と言われる所以である。これまでの作品でも、崩壊に瀕した家族、人間の内に潜む理不尽な暴力性、あるいは生と死という切実なテーマをめぐって、一作ごとに新たな問題提起を行い、国際的な名声を博してきた。本作でも、ふたたび家族という主題をめぐって意想外な視点からスポットを当て、観る者を不穏で不安定な世界へと導いていく。
二人きりで生活する姉妹であったが、姉は離れて暮らす母と連絡を密にし、何らかの理由から妹は母を避けていた。姉は離れて暮らしているにも関わらず、どこか母にコントロールされている。しかしバレリアの臨月が迫ったある日、母親であるアブリル(エマ・スアレス)が突如として別荘に現れる。 アブリルは、バレリアと同じ歳で出産していて、初めこそ献身的に彼女の面倒を見るのだが、やがてバレリアがカレンを出産すると、アブリルはある行動に出る。それは、若き頃の時間を子育てに費やしたがゆえ、その時間を“奪った”娘たちへの復讐のごとき行動だった――。
ペドロ・アルモドバル監督の『ジュリエッタ』できらびやかなヒロインを演じたエマ・スアレスは、本作において、内に秘めた欲望をとめどもなく全開させ、モラルの重力から解放された、理不尽極まりない行動に突っ走る、モンスターのような「母」というキャラクターを演じている。カレンをわが子のように愛玩し、一方でエロティックな姿態をあらわにしてマテオを誘惑し、やがてはマテオと同居し、新婚夫婦のごときライフスタイルを実践するのだ。映画では彼女のバックボーンは語られず、彼女がどこから来たのか、なぜ娘たちと同居していないのか、そしてどのように生活費を調達しているのか、ほとんど語られることはない。優雅にヨガをし、高級マンションと別荘を持ち、クラブで踊り、男たちを欲情させ、なによりも娘たちより美しい母。そして娘たちからも、元夫からも嫌悪されている母。彼女はいったい何者なのか?そもそも、どこからやってきたのか? しかしすべてを手に入れたかに見えた彼女に、崩壊の瞬間が訪れると、それまでの異常な執着心から突如として解き放たれ、興味のなくなった玩具をゴミ箱に捨てるように、別の日常へと姿を消していくのだった――。ミシェル・フランコはこれまでにも、モラルの重圧に苦しみ、その結果としてモラルを逸脱してしまう普通の人々を定点観測するように、冷徹なまなざしで描いてきた。そしてこの『母という名の女』では、母性という神話をこなごなに打ち砕き、崩壊した家族の無慈悲なまでのありようをむき出しにさせてしまうのである。しかし、ミヒャエル・ハネケ監督のように過剰なまでの露悪的な描写、人物造型によって人間が抱えるダークサイドを暴き、告発するのではなく、フランコ監督はむしろ、彼がもっとも尊敬するルイス・ブニュエルの傑作『皆殺しの天使』のように、人間の不可解さそのものを、あからさまに否定も肯定もせずに、辛辣なアイロニーを込めて描き出すのである。人間こそが最も恐ろしく、さらには、人に姿を変えた怪物は日常に潜んでいる。「母」という不条理な存在に楔を打ち込む、衝撃のミステリーの誕生である。
二人きりの姉妹だけで住む別荘では、週末にはバレリアの友人たちが集い、夜はパーティが開催される。しかしそこにクララの居場所はない。友人の少ないクララが連絡を取るのは、バレリアが嫌い、遠く離れて住む母アブリルくらいだ。しかし嫌がるバレリアをよそに、臨月が迫るバレリアのためと称して、突如として母親が戻ってくる。当初警戒していたバレリアであったが、出産の不安から母親を頼っていくのだった。アブリルもまた、17歳でクララを出産した経験があるのだ。アブリルはその年齢から想像ができないほどに美しく、そして二人の娘たちより、より女性らしかった。しかしその華やかな母の裏で、クララは容姿のコンプレックスを抱え、それゆえ母のコントロール下に置かれているかのようだった。
赤ん坊に手を余すバレリアに代わって、カレンの面倒をかいがいしくみるのはアブリルだった。やがて彼女は若い二人を疎外し、まるで自分の子供のようにカレンに接し始めていく。カレンのために洋服を選ぶその表情は、まるで母親のそれであった。海辺で遊ぶ若い夫婦と赤ん坊たちを見たアブリルは、その瞬間、ある黒い欲望と嫉妬を覚える。周到に二人からカレンを取り上げたアブリルは、彼らに内緒でカレンの養子縁組を勝手に決めるのだった。自分の欲望と嫉妬を諫める、それが最初の行動だった。それは、元夫を訪ね、幸せな家族の姿を見せつけられ、軽くあしらわれた後のことだった。
アブリルはカレンを別の都市に住むかつての家政婦のもとに預け、ことあるごとにカレンのもとに通ううちに、マテオだけにこの秘密を打ち明ける。そしてマテオをその街に誘うのだった。赤ん坊を奪ったあとに次に奪うのは、娘の、若い17歳の夫だった――。